奥武蔵・奥多摩

熊倉山−酉谷山−天祖山


期日:平成19年6月16日(土)・17日(日)
参加:単独


記録:

6月16日 はれ

保谷5:54-<西武池袋線・秩父鉄道>-8:10白久8:15-8:39林道コース分岐-9:10城山口9:20-12:12熊倉山12:30-15:41小黒1650m-16:10酉谷山16:15-16:30酉谷山避難小屋

 本当はキタダケソウを見に行こうと密かに思っていた日程であるが、今年は花の時期が遅いという情報でとりあえず近場で足慣らしということで、まだ藪もかろうじてうるさくないであろう酉谷山に行き、念願の酉谷避難小屋に泊まることにした。下りは矢岳にしようとも思ったが、酉谷避難小屋が快適だったので秋以降の楽しみにとっておくことにする。

 早朝、一番の西武線に乗ろうと思ったがいつもの悪い癖で当日朝パッキングをしてコンビニに寄ったりしたいたので5:54発に駆け込むことになる。
 2.5万図が見つからなくて5万図を持ってきたが、測図年記を車中で確認してびっくり。昭和46年と49年であった。しかし、地形はそうは変わらないので道が記載されていない部分では最新のハイキング用地図よりも遙かに役立った。ハイキング用地図はわざと読みにくくしてあるんじゃないかと思えるくらい読みにくい。

 電車に乗ると爆睡。気づくと所沢につくところで特急への接続があるという。全車禁煙の特急などこの距離で金を払ってまで乗りたくない、と再び寝る。起きるとすでに西武秩父は近い。
 昔は駅から仲見世を走ってお花畑までいったものだが中高年登山者はそんな下品なことはしない。ゆっくりと歩く。

 お花畑駅は大正時代からおわす由緒正しい駅舎。接続に時間があるので立ち食いそばを食す。ここでは高校時代雲取に行く途中武器を忘れた部員がハシを調達して、申し訳ないのでそばを食ったことを思い出す。


↑西武秩父仲見世通り

↓秩父鉄道 御花畑駅

白久駅 ここも古い駅である

 白久の駅にはハイカーの姿がちらほら。意外に熊倉山に登る人も多いようである。といっても奥多摩の有名どころに比べればほとんどないに等しいが。
 自分を含めてをぢさんの単独行が目立つ。秩父鉄道の駅舎は非常に趣のある駅が多い。今度全駅を撮影しに行くなんていうのも面白いのではないだろうか。

 白久の駅から小幡尾根の取り付きまで舗装道路を歩く。ヘビイチゴがたくさんなっている道で舗装道路としては結構快適に歩けた。登山口は車道からいきなり尾根上に飛び出す感じでここで登山届を提出。インターネットで届けが出せますという張り紙があった。まだ確認はしていない。

小幡尾根取り付き

小幡尾根上部

 ここで腕時計の高度計の調整をしようと思っていたのだが、面倒で(この時計中古で手に入れたので説明書がなく、するたびに考えながらしている)、計算をすれば済むことだとはたと気づいて、66mという数字を覚えるだけにして先に進む。
 小広い尾根の緩い登りがしばらく続き、その後ジグザグの登りになる。後半は岩が出てきて結構急な部分もあり下りは鬱陶しそうである。1426mの熊倉山まで標高差900mの登りはなめていたが結構登りでがあった。駅出発から頂上までは人に会わない。

熊倉山頂

 頂上では4人3パーティーと会う。発破の音が響いてきて、そこら辺の人が「雷?飛行機?」と不安そうな顔をしていたので、武甲あたりの発破じゃないですかなどと言葉をかける。頂上は結構南北に長く若干の眺望も得られる。何でもっと人気がないのか不思議である。

 ジャージの長ズボンをはく。やはり正しい中高年登山者は短パンTシャツで藪こぎをしてはいけないのである。頂上南の祠に仏教系の御札があって、どうやってお参りしたらよいか迷うが手を合わせて下りに向かう。ここから先、テープや赤布、ペンキのマーキングがいやというほどあった。おまけに行政区分の標柱が新旧併せて数十メートルおきに立っている。迷いようもないくらいである。(簡単そうに書いてあるが決して初心者だけでは熊倉山から先には立ち入らないこと。)

 熊倉山からの下りはじめで2人連れと会う。大血川から登ってきたそうである。下りはじめてしばらくは岩混じりであるが、岩は安定していて歩きやすい。マーキングは岩を巻いているが、岩の上に行けば展望がききそうなところがあったので行ってみると結構景色が良く一服。

展望


 尾根上をずっとたどる。岩が少なくなるとしっかり踏まれたいい道で迷うような枝尾根も目立たず、マーキングがなくても迷いようがない。一時間ちょっと歩くとスズタケ(?)が現れ始めた。枯れているし、ほとんど背丈以下(ちなみに自分は背が高いので女性などは背丈以上になる可能性がある)なのでさほど鬱陶しくはない。夏になると藪がうるさくなることだろう。また植生は広葉樹が多く冬ならば気持ちの良い尾根歩きが楽しめそうである。春先あたりにくるといいかもしれない。

 尾根が大きく東に曲がり、小黒への登りになるあたり、マーキングはトラバース気味に藪の中につっこんでいく。まっすぐ上の方に行った方が足場は悪いが藪より楽だろうと獣道を使って上の方へ。このとき、下の藪の方から咳払いや手をたたく音がして人がいたようである。鹿の糞などを観察していて、返事をしなかったので怖がらせてしまったかもしれない。すいませんでした。言葉をかけてくれれば挨拶くらいしたのですが…

 ちょっとした登りで小黒山。酉谷山は別名大黒山ともいう。小黒山をすぎると程なく酉谷山北側から頂上に出る。

酉谷山頂

酉谷山頂から南を見る

 頂上は以前(と言っても30年近く前)と違って南側が刈り払われ展望がきく。ちなみに刈り払ったヤツは捕まったそうである。縦走路へ降りる道もきれいになって昔日の藪の面影はない。これなら避難小屋から気楽に往復できる。道がいいのでだーっと下るとすぐに酉谷避難小屋。何年か前に発見して以来憧れだった小ぎれいな小屋である。キャンプ用の分厚い銀マットや毛布、おまけにつっかけまで備え付けてある。

 先客は単独の教員2名が飲み始めたところだった。とるものもとりあえず水場に行き新鮮な水を汲み、コッヘルいっぱいに水割りを作り一気に飲む。暑くて脱水気味だったのでうまい。五臓六腑に染み渡るというヤツである。人心地ついてカップにバーボンをつぎ、寝床作り。分厚いマットをお借りして快適。

 今回は新式装備ばかりなので正しい中高年登山者らしく見られるだろうと思っていたが、うっかり満タンの黄変した2リットルポリタンを見られてしまった。「そのポリタン白くないですね」と言われて、これはしまったと思った。正しい中高年登山者は黄変した2リットルポリタンを満タンにして持ち歩いてはいけないのである。それから50代の高校のセンセイと一気に昔話モードで盛り上がり、21:00頃就寝。500ccほどの酒を空にしてしまった。

6月17日 はれ

酉谷山避難小屋5:40-8:25天祖山8:45-10:35林道-11:20東日原11:35-<西東京バス>-11:55奥多摩12:27-<JR>-吉祥寺-<西武バス>-保谷

酉谷山避難小屋


綺麗で快適な小屋。
すぐ前には水場があり、特筆すべきは小屋の裏に
付属した厠。
綺麗だし臭くない。
昔の酉谷小屋の裏手で真新しい靴がキジだらけ
になったことを思い出した。

 
 午前4時起床。周囲もそう決めていたらしくみんな一斉に起きる。センセイ方は朝食をとらずに出発していく。こちらは日原に下るだけなのでそんなに急いでもしょうがない。飲み過ぎでのどが渇くので水場に行き水を飲みながら富士山など撮影する。珍しく朝食をとる気になり魚肉ソーセージとチーズをお湯で暖め、カップスープを入れて食う。(結局はレーションを変形させて食べただけ)

酉谷避難小屋から南方を見る



 ポリタンに水を入れ出発。平坦でよい道の長沢背稜をのんびり歩く。天祖山への分岐は意外に近い。引き続き快適な道を歩いていると大きな建物が見えてくる。天祖山頂の天祖神社である。神社西方は木が伐られており明るい感じ。門を開けて中に入り柏手を打つ。神域だけあって非常に気分のよいところである。

頂上の天祖神社

西側は伐られていて明るい


 山頂からはひとくだりで林道に出る。ゆっくり歩くように心がけるが、傾斜が急になるとどうしてもスピードが出てしまう。正しい中高年登山者は休憩なしに一気にかけ下ったり、林道マラソンをしてはいけないのである。林道で中野学校で一緒だったO先生がボラしているのに出会う。

茅葺き屋根

手前のがそうだと解る?最近は葺き替えることもままならない

杉玉の下がる岡部酒店

懐かしい佇まいの店。いつもお世話になってます。

 林道を歩き、日原の家並みを愛でながら東日原へ。いつもお世話になる岡部酒店に駆け込み、とりあえずビール。

 観光のおねーちゃんたちが杉玉を見て「あれってまりも?蜂の巣?」などと大きな声で話しながら歩いている。ああはずかしい。オヤジさんはにこにこしながら聞いているだけ。ちなみにあれは本来新酒ができましたよというしるしに吊した物である。酒琳(さかばやし)ともいう。こう何年分も枯れたのが吊してあるとなんだか解らないが…昔はきちんとやっていたんだろうなあ。

 幸いバスもすぐに来て奥多摩駅へ。ビールの大半はバスの中で呑む羽目になる。
 氷川ではバス屋の中でそばとチャーハンと生ビール。店を出るとすぐに電車が来て乗ることができた。



H19.6.20

表紙へ