社会人山岳会に入会するまでランタンなどはファミリーキャンプ用品で、山では無用の長物であると思っていた。今でも単独の時は荷物になるので持っていく気はしないが、パーティーで行く場合はすっかり必需品になってしまった。
以前は天幕内の照明はろうそくとヘッ電がその責を担っていた。ろーそく時代ならば夕飯は床から照らされる幽かな明かりの中、密やかに行われる儀式で、何を口に入れているか肉眼では確認できないという感じであった。
ヘッ電を時々(電池節約のため)つけて面子に不気味な物は混入していないか確認しながら、五官を全開にして味わう食事もまた味なものであった。
また、雪を融かした新鮮なでき立ての水を皆でありがたく頂いたものだった。ろーそくとヘッ電の電池の残量を気にしながらいただく般若湯にも味わいが・・・。というような状況ではとても疲れて呑み続けることもできず程よい加減で就寝できたのではないか。
自分が初めてランタンの威力に接したのは平成の初期に山岳会に入会してすぐ新人として参加した白峰三山の冬合宿で、先輩会員であるKさんが持参していた、たしかプリムスのガスランタン。
新しいプラブーツのスカルパ ベガ、1本締めでないワンタッチのサレワのアイゼン(それまでは頑なに使いやすい1本締めを使い続けていた)、初めて着るナイロンのダブルヤッケではないゴアテックスのジャケットに身を固め、ヤッケの下はニッカーと毛シャツも着ていない、どこから見ても新人という一部のすきもない格好で臨んだ初合宿であった。しかし一皮むけば中身は腐りかけた山岳部員のなれの果て。すぐに奇行の数々を行い、皆に白い目で見られたのが自分の合宿デビューだったようであった。ちなみにこの合宿はKさんの尻せーどによる足の骨折で幕を閉じたのであった。
1泊目の夜叉神峠ではあまり感じなかったのであるが、翌日ランタンというモノの威力を思い知らされることになった。某R先輩の差し入れのハブ酒とともに池山小池のテントに入った時は外も明るくてさほどではなかったのだが、宵闇が迫るほどに神々しいまでの輝きが増して行くのであった。
更に時間が経ち、外はぬばたまの闇となってもなお、天幕の中が暗くならないのだ。文明開化である。陸蒸気である。そして天幕中に昼を得た我々は尽きることを知らぬ烈日の宴へと突入していったのであった。
この小型太陽のおかげで連日宴会となり最終日を待たずに酒は底をついた。単車のリザーブタンクのごとく自分のザックの底には500ccのSIGGボトルに入ったバーボンが潜んでいた事実は、アクシデントで下山が伸びた後、諸先輩方に知らされた。
また現実を白日のもとに晒すその光のせいで、作った水に浮かぶは木皮や底に堆積する砂などが非常によく見えるようになり、水作りに時間がかかるようになってしまった。
欠点ばかりあげつらったが、これのおかげでヘッ電をつけることも減り、電池の予備も少なくなった。冬期であれば明るいだけでなく、結構暖房効果もあり、燃費もいいので長い目で見ると若干の燃料の節約にもなる。ボンベに少し残ったガスを消費するのにはもってこいである。
通常は1/2サイズのボンベをつけて使うと良いのではないか。
夜の楽しみが増えた分酒による失敗も増た。やはり日没後は速やかに寝袋にもぐりこんだほうがいい。
でももう、ろーそく生活には戻れない